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イタリア語と音楽 【イタリア関連のはなし-5―】 [イタリア関連のはなし]

イタリア語と音楽 【イタリア関連のはなしー4―】
このように縁が深くなったイタリアであるが、それを最初に意識したのは、1962年に初めて欧州での学会発表に出張した時のことである。ドイツのDusseldorfから、イタリアの Milano に行く列車のコンパートメントで、同室のイタリア人の大学生が英語で話しかけてきた。話題が言葉のことになって、彼が「イタリア語は知っているか」と訊く。私は「全く知らない」と答えた後、ふと音楽の時間のことを思い出し、「そうだあれはイタリア語だと音楽の先生が言われていた」と思った。そこで彼に「でも単語なら幾つか知ってるよ」と、「アンダンテ、フェルマータ、ピアノ、フォルテ」など思いつくままに云った。その時の彼の驚いた表情は未だに忘れられない。調子に乗ってアレグロ、モデラート、カンタービレ、……」と続けた。私にしてみれば彼に音楽用語だとわからせるつもりだった。でも、彼は「それだけ知っているとはすごい。一体どうしてなんだ」と未だそのヒントに気づいた気配は全くない。「これくらいなら、日本の中学生ならほとんど知ってるよ」と言うと、彼は目をむいて、「どうしてそんなことがあり得るだろうか」と問いかけてきた。私は「音楽の時間に習うのさ」と答えた。その時彼はさらに混乱して、「音楽?そういえばイタリアでもそんな言い方をするけれど、それはイタリア語だから当然として、日本でもそういうのか」と半信半疑である。その後、何人かに訊いたがイタリア人は音楽符号がイタリアだけのものと思っているようだ。これにはこちらも少なからず驚いた。
 イタリアに住むことになり、言葉が少しわかるようになって、バスの停留所に行くと,"fermata"と書いてある。「はてな、どこかで聞いたぞ、ええと、その符号の状態で任意の時間留まっているという意味だったな。つまり、その記号でしばい停留することだ。なんだ、明治頃のこれを訳した人は停留所のこともそう言うと知ってたのだろうか。それにしても難しい訳をつけたもんだ」と感心する。そう思ってその他の音楽用語を見直すと、イタリア人にとってこれらは全くの日常用語なのだ。子供たちは声が小さいと"forte!"、大き過ぎると "piano piano"と注意される。イタリア語の先生からは英語では「ピアノ」と云うがあれは元来"pinoforte"つまり、音の強弱が出せる楽器という意味から省略されたのだ」と教えられたことなども思い出す。
 この類のことでは、日本人には、イタリアは音楽の国なので小学校でもきちんと教えるのだろうという思い込みがある。娘たちがイタリアの小学校に入ってしばらくして、三人とも「お父さん、私たちもイタリアでの音楽の授業を楽しみにしていたのに、小学校には、持ち運び用のオルガンが一台あるだけで、月に数回音楽の先生がオルガンと一緒にやってきて歌うだけだよ。それにみんな音痴で日本の小学校の方がよっぽどちゃんと教えてくれて上手だよ。」という。会社でのイタリア人の相棒に聞いても小学校では音楽を日本のようにきちんとは教えていない様子で、何人かの例外を除くと、宴会で日本のようにあまり歌いたがらなかった(もっとも今のようにカラオケが流行る前だったので今はどうかわからないが)。「灯台もと暗し」。1973年頃の南イタリアでのことなので、一般化はできないが、確かに「音楽の国イタリア」という我々の思い過ごしもあったようだ。
 イタリアでの音楽についてのもう一つのことは、イタリアオペラで何と云っているか少しわかるようになったことだ。これは善し悪しである。というのも、何の意味かわからずに唱えているお経が、ありふれた日常語で語られるようなことで、折角の有り難みが減じる感もするがそれと同じ類のことである。
 そのことと関連して、イタリア人にとって、オペラはかっての日本人にとっての浪花節みたいな存在なのではないかと思えたことである。ある日、自動車修理工場の前を歩いていたら、すばらしいテノールのアリアが工場の中から聞こえて来る。最初はラジオかなと思ったがそれにしては伴奏がない。立ち止まって聞き惚れていたら、一寸それが途切れて、修理工のおじさんが油だらけの作業着で車の下からゴソゴソと這い出てきて、今度はしゃがんで車輪廻りを点検しながらその続きを朗々と歌い続けているのには驚いた。イタリア語でアリアがあんなに立派に歌えるようになるには、日本だと音大の声学科にでも行った人しか思いつかないが、よく考えるとイタリア人にとっては、声さえ良ければ誰だってアリアを歌えて不思議はないのだ。そう思ったら、思い込みというのは恐ろしいものだと思い知らされた。

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