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大車輪を廻れるようになった『時』 [中高生の頃のはなし]

大車輪を廻れるようになった『時』  中高生の頃のはなし-2

  1949年に高校2年の新学期を迎えた。当時の大学進学率は十数%と低く、少人数で帰り道にある校庭一隅の鉄棒に集まり鼓舞し合った。 皆は懸垂くらいはでき、私ひとりがそれの一回もできない”木偶の坊”で恥ずかしかった。密かに自宅裏に簡易鉄棒を作り毎日懸垂を試みた。一週間ほどで懸垂ができるようになり、嬉しくて足を鉄棒まで上げようとしたができない。これも毎日少しずつ続けると腹筋が付き上がるようになり、ついで後ろへ思い切り反れるようにもなった。すると放課後の鉄棒が面白くなり、5月の中頃には蹴上がり、小振りまでできるようになった。このように瘦身な身体に筋肉ができ始めたある日、全身の筋肉が炎症を起こし高熱となって二日ほど寝込んだ。熱が下がると体質が変わり、不気味なほどに上半身の筋肉が隆々となっていた。放課後の鉄棒が益々楽しみとなり気が付いたら大振りもできるまでになっていた。それを見た体育の先生から「大振りまでできるのだから器械体操部に入って逆車輪が廻れるようになれ」との声がかかった。「受験勉強の身体作りが目的なので」と断ると「両立させればよい」との言葉。もっともだと、家業を継ぐという鉄棒の得意な親友と一緒に入部した。予科練帰りの先輩や「硬派だ」と自称する暴れん坊だが気持ちの優しい友人・後輩の十人足らずだった。受験希望の私は皆の配慮で練習を短時間にしてもらったが、それでも体力の消耗は激しかった。練習の半ばで先輩が「ちょっと一服」と部室に入るのでついて行くと「二人は入るな」と最後まで入れてくれなかった。それは煙臭い本当の一服から二人を守る気遣いだったようだ。

  6月の終わり頃、逆車輪への初挑戦時は両側に先輩が竹棒を持って立ち、「逆手で鉄棒を握り思い切り逆手大振りをすると鉄棒の真上で倒立の姿勢になる。そこで顎を引くと自然に身体が前に落ちるので足先に力を入れ身体を伸ばすと、その勢いで廻りまた鉄棒の上にくる。怖いだろうがやれば簡単だ。この期に及んで怖いと逃げればこの棒で力一杯何回も殴る。やれば失敗しても砂場に落ちるだけで痛くない」という。観念し必死の思いで断行するとなんと廻れた。 練習するにつれ必要な筋肉も付き要領もわかって、しばらくすると正車輪も廻れるようになった。受検組では私だけが続けていた。受検と両立させると鉄棒を始めた手前、受験準備も手は抜けない。受験科目別の参考書を一年で読了する計画を立てそれを各月、各週のノルマに分割し紙に書いて机の前に貼り付けた。でも、毎日一時間弱の器械体操の練習は若かった私でも運動量としては大きく、夕食後は猛烈に眠くなった。食後2時間ほどの睡眠をとりそのあと週別・日別のノルマの達成するまで頑張った。睡魔に打ち勝つのに冷水で顔を何度も洗いに行ったのも、不眠がちないまとなれば羨ましい。

  3ヶ月経った夏休み前に、以前の”痩せぽっち”が”やっこ凧”といわれるほどの逆三角形筋肉質の体型となったのには我れながら驚いた。秋の国体県大会への出場を告げられ、校庭の一隅の砂場を掘り起こして鉄棒・床・跳び箱などの危険な回転技の要領を覚え、 講堂で平行棒。床運動など練習した。まだ吊り輪は種目外だった。人一倍硬かった身体も風呂上がりに毎日柔軟体操を続け、前屈では胸と腿が、後屈では立ったまま反って後ろの床に手が着くほど柔軟になった。秋には県予選に出場したが所詮半年の付け焼き刃なので、成績はよくなかったが一応チームメンバーとしての役割は果たせた。懸垂の一回もできない”木偶の坊”が半年もしないうちに”大車輪が廻れる”ようになった”のは先生にとっても希有の例だったらしく、「長い間後輩におまえのことを話したものだ」とあとでいわれた。

  いま振り返ると、骨格が整うまさにその短い期間に、体操に熱中し半年で驚くほど筋肉質の頑丈な身体に変身でき、運動音痴でも熱中すれば人並みまではなれるという自信を得、また同時に、自分の資質では並の努力では一流にはなれないという自己の限界もわかった。 これは、先に昨年1229日に記載したように、人生の中でその時期以外は絶対不可能な唯一回だけ訪れる『時』の経験だった。 

   あとになって「骨格がほぼ整う時期にそれに見合った内臓ができるので、その時の体重が適正である。また、その時期に鍛えた筋肉だけは加齢してもその類の運動をすると何分の一かの筋肉はすぐに復活する」ことを本で読んだ。71歳の時にゼミ卒業旅行に帯同し、初めてのスキーで受けた半日のレッスンだけで、それまで全く未使用だったことを認識させられた腿や腰回りの筋肉の痛みが半年くらいも続いた。それに比べると、胸筋・腹筋・背筋などは毎日一・二回の簡単な腕立て伏せや前後屈などでそれなりに維持できている。いまがまた、書かれていることが真実であると実感できる『時』なのだろう。
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