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結膜炎と「この天の虹」【会社勤務の頃-3-】 [会社勤務の頃]

結膜炎と「この天の虹」【会社勤務の頃-3-】
  さきごろ検診のため眼科へ行き、以前に慢性の結膜炎と言われ通院していたことを思い出した。それは八幡製鐵所で社会人としてスタートした昭和31年(1956年)頃のことだ。
  半年間の研修を経て,自家火力発電所,製鋼,分塊圧延など諸工場がある同所の西八幡地区の計測器と自動制御装置を20人余りで調整保守担当する責任者となった。所内は良く整理されていたが粉塵が多く空気は汚れていた。戦後の復興が始まった時期で産業の米と言われた鉄鋼の需要も多く、所内各工場の煙突からモクモクと出る煙も好況の象徴と感じられる雰囲気もあった。街から見ると、蒸気の白、石炭の黒の白黒に、平炉工場での酸素吹き込みで出るアカネ色の煙が天然色(当時のことば)を加えていた。会社も苦慮していたと思うが、雨の日には白地の洗濯物の取り込みを忘れると所々黒くなるほどだった。勤務し始めてすぐにその環境には慣れたが、ただ眼だけは充血して痛痒く、一日に何回か洗眼するようになっていた。
  日々の業務には、上記に加え、その地区内に建設中だった新厚板工場で担当分野の計測・制御器機部分の工事進捗管理と立ち上げが加わった。工場はでは各箇所に新技術が多く取り入れられ、入社早々未知のことばかりと苦労も多かったが、操業後では決してできない貴重な体験ができた。そのことは稿を改めて書くことにしよう。
  ところで、その工場では急速に成長しつつあった造船業からの要望に応え、広幅の厚板を圧延できる最新鋭の設備を誇った。工場横の事務所一郭に私の机があり、机上での業務を済ませては、そこを拠点に厚板工場も含め2km四方くらいある担当地区3カ所に駐在の人たちと、器機や装置の整備に出回っていた。当時は冷房などは思いもよらず、課長室に1台あるきりの扇風機すら羨ましく思えたほどだ。掛長以下の担当者は事務所の窓を開け放して風を通し、それでも暑いときは団扇をパタパタさせながら仕事をしていた。工場とその事務室内は新しく綺麗なのだが、窓のすぐ前にはうずたかく山積みされた臨時の石炭置き場があった。夏には全部開け広げた窓を通してその石炭の塵埃が舞い込んでくる。ノートを開けて現場を2時間も廻って戻ると、紙面にそれが降り積もり指でなぞると字が書けるほどで、眼の充血はますますひどくなっていた。
  その頃フルブライト留学試験の一次試験に合格し身体検査を受け、いまでは不思議に思われるが、結核と眼の診察もあった。今回検診して貰った眼科医にそのことを訊ねたら、以前は検疫でも結核とかの伝染病には神経質で、結膜炎もトラコーマなどの疑いもあり厳しくかったようだ。検査では結膜炎が引っかかり要治療と診断された。早速眼科で診て貰ったら、結膜炎が慢性化しこの状態では身体検査に不合格の怖れもあるとのこと。それから眼科通いを始め、洗眼と目薬の点眼を続けた。その甲斐あってか、何とか身体検査はパスできた。しかし充血は慢性化した症状で、全治は半ば諦めながらも通院は続けていた。
  ところがである。留学が実現し氷川丸に乗って一週間もしないうちに、なんと点眼や洗眼も忘れるほど眼の痒さも充血がすっかりなくなっていた。3週間の乗船、シアトルに着く頃には、あれほど通院治療しても治らなかった慢性結膜炎はすっかり消えてなくなっていた。生活環境の激変で、太平洋という海原の綺麗な空気のお陰だったのだろう。
  ちょうどその出発の頃、八幡の本事務所や現場で映画のロケが始まっていると聞いた。その後の友人の手紙で、その映画の題名が「この天の虹」であり、当時始まったばかりのブラジルへの技術協力も絡めたロマンスもので、結構評判になったいることを知った。環境が今ほど問題視されず、当時のアカネ色の煙を交えた天然色の煙を、ロマンティックな「虹」に例えてもそれほどの違和感は感じなかったのだろう。その映画は是非見たいと思っていたが、上映された頃には日本にいなかったし、帰国後もその機会を逸してしまった。
  その後1980年から2年間君津製鐵所に勤務した。その頃までには環境対策が強化され、粉塵問題では一番過酷であった高炉工場でさえも、発生源対策や設備内の空気浄化対策などで白シャツで工場へ行って汚れないほど綺麗になった。所内には植林した樹が茂り、市内でも煙突からの煙も目立たなくなって、結膜炎など忘却してしまっていた。
  眼科での検診で、永い間すっかり忘れていたこの一連のことが思い出された次第だ。  
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