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同時通訳 【会社勤務の頃-5-】 [会社勤務の頃]

同時通訳 【会社勤務の頃-5-】
  同時通訳はいまでこそ珍しくないが、1962年2月にベルギーの国際自動制御学会での発表で初めて体験したときには驚いた。論文募集時に「会議では発表と質疑は、英・露・仏・独の4カ国語なら同時通訳で自由にできる」とあり興味をひいた。私は英語を選び、図も用いて指定時間以内で可能なように論文をまとめ、発表の練習を重ねて会場に臨んだ。
  会議での4カ国語の配布資料に「各座席横のノブでチャネルを選べば、スピーカーが指定言語を使う限り、それが同時通訳の仕組みで希望の言語に同時通訳されイヤフォーンから聞こえる」とある。開会の挨拶は英語で、選んだチャネルで本人の声がそのまま聞こえる。試しにチャネルを回すとそれが他の言語に同時通訳されている。続く発表者達の発言は、英語以外の何語であれほぼ同時に英語になって聞こえてくる。質疑も、何語であれ座席のマイクで質問すると、その質問との回答が同時通訳で希望の言葉で聞ける。
  少し慣れて会場を見渡すと、正面壇上の上部ガラス越しに数名ずつに仕切られたブースが見え、マイクに向かって懸命に話している同時通訳者が見える。発表と同時に訳し話すのだから、従来の逐次通訳のような待ち時間が不要だ。通訳者は疲れると交代しているし、話の合間にコーヒーをすする音も聞こえる。「申し訳ないがこの英語は聞き取れません」とか「早過ぎて通訳できません。もっとゆっくり話して下さい」と聞こえることもある。他人事ではないが「確かにこれでも英語のつもりだろうか」と疑う発音の人もいて、通訳不能の責の多くは通訳者よりも発表者側のように思えた。
  ホテルに帰ると3日目の私の発表が心配になった。と言うのも、当初通知の「発表25分、質疑応を含め30分」で準備したのだが、出発直前に「発表者が増え発表を20分に短縮する」旨の通達があった。すぐに原稿を縮めたが若干早口にする必要があり、同時通訳場での実体験から、私の早口英語での発音に同時通訳者が対応できるか心配になったからだ。
   翌朝すぐ、Dusseldorf の欧州事務所で紹介され、学会に出席されていた先輩の住友金属のA氏に話すと、「自分がドイツ語への同時通訳を聞いているので、早過ぎて通訳が遅れ気味になれば手を胸まで挙げる。その時は速度を落しなさい」と言われた。
  当日、私の発表では、通常速度の英語で発表を始め、ちらとA氏の手を見ては少しずつ早口にしていった。途中で数回手が挙がりかかる都度、少し速度を落として何とか20分内で発表を済ませた。「少なくもドイツ語の通訳は君の英語発表を正確にフォローして訳していたよ」と、その晩は夕食のご馳走で発表を祝して下さった。
  最終日のカクテルパーティは、言語グループごとに話が弾む。他言語グループから英語グループに来て話す人は多いがその逆は少ない。残念ながら私もその一人だ。各言語グループを廻っているベルギー人は「ロシア語以外は話せて当然ですよ」と言う。なるほど、異言語の各国が陸続きに隣接している欧州では、数カ国語を話せることに加え、同時通訳の必要性が日本では考えられないほど切実なのだと体感できた。
  同時通訳の必要性は、いまではグローバル化とテレビの普及で世界中で不可欠と言えるほどになっている。また、その普及には電子技術の進歩の役割も大きい。上述1962年時点では、いまの無線と違い有線だったので設備費用が高く、技術面ではどうにか可能だが、コスト面では上述のような必要性の大きかった欧州で辛うじて実現できたのだろう。また、同時通訳の人的資源も、言語構造が似た欧州の言語間ではその時点で育っていたのだろう。会議中に英語から日本語へと試みたが歯が立たず、バイリンガルの人が特殊な訓練を経てどうやらできるのだと思い知らされた。
  いまではグローバル化に対応する必要と進んだ電子技術に対応して、周知の通り日本でも英語の他の多くの言語と日本語の同時通訳ができる人も多く輩出している。
  同時通訳でも「必要は発明の母」は言葉通り通じる。


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