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日韓問題で調べたこと【-この頃思うこと-38-】 [この頃思うこと]

日韓問題で調べたこと 【-この頃思うこと-38-】

 
 ある会で「日韓問題」の話題提供依頼があり、門外漢の私は韓国人による自国の政治・社会構造・歴史などの教育・研究の和訳書や関連の十冊余の本を数ヶ月調べ、「韓国は近くて遠く、似て非で、相互理解へ格別な配慮が必要な隣国」だとの感触を再確認した。しかもその「非」な理由を日本人が理解するにはかなりの学びが必要と感じたので、ここでは会での議論も含め管見(それ自体が偏見か?)だが私なりに学んだことを紹介する。

  「似て非」の主因は、何より半島PENINSULA(尖ったPEN+島ISLA)と島ISLAND(アイランド)の違いと思われる。私見ではそれが「被侵略」への敏感度合いの違いとなったと思われた。四囲が海の日本は、開闢(かいびゃく)以来の国難「元寇」以降に初めて直面した17世紀後半からの西欧諸国の侵攻意図には極めて敏感となり、自力で1852年のペリー来日から6年で日米友好通商条約を提携した。これに比し、当時の高麗国は陸続きの中国歴代大国の度重なる侵攻に鈍感となったのか西欧の侵略意図を持った恫喝に、地理的不便さで接触が日本より20年そして開国が30年遅れ、しかも政権当事者が順繰りに清国・日本・露に協力を依頼して一層の混乱を招いた。このあたりは韓国の高校歴史教科書も認めているが、それを日本側は自国本土防衛のため、韓国側は専ら日本の半島植民地化のため、とし両国の見解は全く相容れない。意図は日本側、結果は韓国側の言い分に理があると思われるが、この問題の共通認識ができれば両国関係改善の糸口にはなると思う。
 

 両国の国民性も大いに異なる。日本の「和」寛大さに対して、韓国は「恨・情」で、自分の現況に満足せずそれより生じる向上心で実現への憧れとできない無念さ、シビアな競争社会の原動力」が恨であると言い非寛容だ。これは日本の総理大臣経験者への処遇と韓国の歴代大統領が亡命・蟄居・告訴(死刑判決で後釈放)との対比だけでも歴然だ。
 
 また、今回の学びで日本と韓国の歴史に類似点と分岐点のあるのが理解できた。日本では十一世紀から十五世紀にかけて貴族政治から鎌倉以降の武家政治の封建制度に移りそれが独自な近代化への明治維新とつながるが、韓国では十五世紀に高句麗から代わった高麗で中華・儒教の両思想に基づく貴族階級限定の科挙で両班(文官・武官)でもとくに文官支配が続き組織と人材の面から近代化にうまく対処できなかったことが歴史上の相違点だ。

 いまの韓国では戦中の日本より民族意識が強く、中華思想(文化度は中国から遠のくほど低く日本は韓国より野蛮だ)と儒教の影響が根強い韓国人には、例え短期間でも文化で劣るはずの「日帝」の侵略は許し難い「恨」で、それを原動力に優れた韓民族独自で「漢江の奇跡」を達成できたと韓国高校の歴史教科書は述べ、戦前戦後の日本からの資金や技術の流入には一切触れていない。憲法も1948年制定以来9回改憲され、日帝時代の子孫を現在に到って糾弾する法律を数年前に制定するなど「恨」「情」で法律さえも変え得る社会だ。このような「似て非」な民族性を我々は充分に理解したうえでの対処が必要だ。

 日本も少子・高齢化・福祉・人口集中化など問題山積だが、韓国では対応が日本より十年前後遅れより一層深刻化していることも国民の目を「反日帝」へと向ける一因とも考えられる。日本人は、これら想像以上の「似て非」なる韓国の国民性をまず充分理解した上で、時間をかけて世界に違いを訴え、韓国人の「恨:世界一になりたい」願望を充たしながらの共存方法を考えるなど必要だが、学ぶほどに半ば諦めの境地となったのも否めない。


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